高取城跡へ
壺阪寺を後にして、壷阪寺の脇の車道へ進みます。
ここから山道に入ります。
2.8キロと書いてますね。。。。
城へ行く手段は自分の足しか無かった時代ですから。。。
当たり前だったんだろうけど。。。。
楽を覚えるときりが無いですね。。。
山道を歩いていくと五百羅漢があります。
山の中を歩いていると鳥の鳴き声や沢の音など、心地よい音が耳に入ってくるので落ち着きます。
鈴虫の声が聞こえてきて、ゼ~ゼ~言いながらも癒されました。。。
結構急な斜面ですがこんな所にも。。。
下りてこられるハイカーの人たちともすれ違います。
しばらく歩いていくと石碑がありました。あともう少しかな。。。?
石垣が見えてきました。
山の傾斜なども城の範囲内なので相当な広さですね。。。。
よくもま~~この斜面を行ったり来たりしていたのかと思うと。。。
「足腰強え~~~!」とまたも心の中で叫ぶのでした。。。
城は高取町から4キロメートル程南東にある、標高583メートル、比高350メートルの高取山山上に築かれた山城です。
コマーシャルで知った竹田城のインパクトもすごいですが、(まだ行ったことはありませんが)高取城も素晴らしいですね。。。。
CGで再現した高取城。
くまさんが本丸へ案内してくれました。
本丸の中へ入っていきましょう。
井戸の跡だそうです。
本丸の上から。めっちゃ高いです。
明治2年6月、版籍奉還により兵部省の管轄となり明治6年廃城となった。入札により建造物の大半が近隣の寺院などに売却された
二の門は町内にある子嶋寺の山門に、新御殿(藩主下屋敷)の表門は町内の石川医院の表門に、松ノ門は明治25年に町立高取小学校の校門として移築された。
昭和19年、小学校で起きた火災により小学校は全焼、松ノ門は一部損傷し臼井家(伊勢屋・現在の金剛力酒造)が解体保存していたが平成16年、児童公園の表門として復元した。確認されている高取城の現存構造物はこれらのみである。
明治初期まで残ってたんですね。
争いごとが無かったら、こんな山の頂上じゃないところに立ってたんでしょうか。。。
考えてみれば争いごとがあったからこそこういった貴重な建物が残ったのかも。。。ですね。。。
帰りは反対側から帰ります。
くだりの方が足にきますね~~。
帰り道には猿石と言う石があるそうなんですが。。。?
見落としてますね~~~。。。。
残念。
上子島砂防公園で遅くなりましたがお昼にします。
せっかく持ってきたのであまりお腹は空いてなかったのですが、虫の声と沢の音に包まれながら持参したお稲荷さんをいただきます。
もうへとへとです。。。。
壺阪駅まで足を引きずりながらとぼとぼと歩いていると、後ろの方から私と同じくズル~!ズル~!と靴を引きずる音が。。。。
「あの人も疲れたんやろね~~。。。」と心の中で思いながら、靴の引きずる音をはもらせながら帰るのでした。。。